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丸浜柑橘農業協同組合連合会(丸浜みかん)の沿革
昭和30年以降、全国的なみかん需要の高まりに相俟って、浜松市北部、浜名湖東岸に柑橘専作開拓農協が発足すると、清水市並びに静岡市在住の柑橘栽培農家が当地区に入り作農家集団として入植し、柑橘栽培が盛んになるとともにみかん撰果場の整備が急がれた。その結果昭和43年12月、浜松市内総合農協並びに開拓農協を始め、静岡市農協、清水市農協、静岡県経済連(旧静岡県柑橘連)、静岡県開拓連の共同出資により丸浜柑橘農業協同組合連合会が組織された。
設立当初産地規模は、350haと一大産地として形成されたが、昭和50年においてみかんの全国生産量3,660,000tは、生産過剰時代となり、みかん価格は暴落し、みかん生産者にとって課題の多い時代でした。 その後、度重なる減反政策により、現在では全国生産量が1,200,000tとなっている。
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